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2021年上半期 宝塚観劇感想まとめ


バレバレですが宝塚にドはまりした。スカステ(宝塚の有料CS放送に入り暇さえあればスカステを見ています。暇さえあれば観劇レポツイを追っています(公演中は探せば毎日新鮮なレポが入ってくる恐ろしい界隈)。コロナのおかげでlive配信をするようになり、チケ難ですが観劇のハードルがすごく低くなりました。ということで配信等でみたやつのレポです。好きな作品はじっくり感想/批評を書きたいのですが、書く書く詐欺になりそうなのでひとまず簡単に書こうというものです(以下、ポスター画像の出典は全て宝塚歌劇団HPから)もちろんネタバレしかありません。

 

 


宙組:アナスタシア

 

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はっぴーーブロードウェイミュージカル。ディズニーアニメもあるらしい。入門編にぴったり。再演して。
現地でみた(初めての生観劇)。コロナで前倒しになっているのに気づいていたのに開始時間を間違え間違え二幕途中から見てずっと泣いてた。そのときのレポはプライベッターにかきました。なぜ泣いたかはそちらを見てください。


結局配信でも見ました。桜木みなとさんはお芝居うまいなぁ。曲がいい。やればできるさソングが好き。ラストまかまど(当時の宙組トップコンビ、真風涼帆さんと星風まどかさん。娘役の星風さんは現在花組トップ娘役)見れたのは幸福だった。劇場じゃないとわからないこともあって、キキちゃん(二番手男役スター、芹香斗亜さん)すげー声が通る。お歌シーン任されるのも納得。思ったよりも演劇っぽいと思ったのが初生観劇の感想です。


雪組:fff/シルクロード

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だいもん(望海風斗さん)ときいちゃん(真彩希帆さん)の卒業公演。宝塚屈指の「歌うま」コンビ。何よりこの二人は明るく前向き健康的なのがいいですね。ファンの間で「成功したヅカオタ」と言われるほど宝塚愛に満ちた望海さんですが(相手役の真彩ちゃんもそう)「宝塚が好き!」という気持ちが前面に出ていて、爆走してる感じがあります。わたしはそんなどこか常軌を逸した愛の道を爆走するタカラジェンヌを驚異と敬意で考えています(©平沢進


で、私を宝塚に引きずり込んだ上田久美子先生のお芝居です。見ないわけにはいかないので見ました。むちゃくちゃ啓蒙思想の話だ~~~~~!!!!! 最後は尺足らず感もありましたが二人の歌の力で強引にねじ伏せ「か、感動した……」となりました。ベートーベンの話なのですがこんなに非モテで卑屈でひねくれものな主人公宝塚のトップにあてる????(さすが久美子、そこにしびれる憧れるゥ!)となりました。主人公ベートーベンの回想シーンの「僕なんて死んじまえ!」というセリフ本当に胸にきて。こんなに生きづらい主人公を描いてくれてありがとう、希死念慮描いてくれてありがとう久美子……。けっこう上田久美子先生の「自伝的」な作品なんじゃないかと邪推してしまったり。これは記事書きたい。

 

お芝居もよかったのですが、そのあとのオタクの性癖ホームランバッター生田先生初のショー「シルクロード」がマジヤバかった。オタクの好きなもの全部入ってた(オタクは主語がでかい)。生田くんの作る闇堕ちお耽美シーンはほんとにオタクの癖をくすぐります。マンガの扉絵でみた!!!!となります。ローゼンメイデンとかxxxholicとかのお耽美感(つたわれ)。とくに生田先生の処女作「BUND/NEON 上海――深緋(こきあけ)の嘆きの河(コキュートス)」を再現した上海のナイトクラブのシーン(大世界、と書いてダスカと呼びます)、優勝。これで元とれる。真彩ちゃんにエレクトロスウィングでラップでさせて上海マフィアに扮した男役を踊らせる生田くんの考える「かっこいい」優勝!!!!!!!!最高の中二!!!!!!!!おかげでキャラバン・パレスにドはまりしました。ありがとう生田くん。またショーやって。ちなみに菅野よう子さんが曲提供してます。甲斐正人さんの曲もすごいよかった。


月組:ダル・レークの恋

 

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菊田一夫先生の古典を酒井澄夫先生(好き)監修、谷貴矢先生(大好き)潤色・演出、主演は月組の美人で芝居がうまいのになぜかすっとこどっこいに定評がある月城かなとさん。
主役のインドの軍人、ラッチマンは伝説の男役、春日野八千代の十八番と言われた役です。男役の七変化を楽しむ作品。
twitterのレポが「ラッチマンがエッチマンだった」一色に染まりジュブナイルさわやか恋愛に定評のある谷貴矢が…!?と驚いたものです(ちなみにパンフで「月城かなとの鼻血必至なあれやこれやを見て免疫力爆上がりです!」と書いていたそうな。楽しそうで何より)。時代も時代で菊田先生も菊田先生なので、現在のコンプラ意識から見るとかなりグレーな描写があるのですが、そういうものも「あり」にしてしまうのが宝塚の奥深いところだなぁと思います。もちろん、もろ手を挙げて首肯できる価値観ではないのですが、それをファンタジーとして見せられる宝塚という舞台装置というか、すみれコード、とでもいえばいいのでしょうか。それが面白いなと。


古き良き宝塚の「ベタさ」は残しつつもダレることなくテンポよく見れました。「歌劇」の鼎談で「古き良き伝統は残しつつ、新しい味も入れる」と言ってましたがすごいいい潤色だったと思います(前の版は見ていないので分からないのですが)
見る人によって感想がかなり変わる舞台だと思うのですが、谷貴矢版はヒロインのカマラを「イエ」の犠牲になる存在として描いているのかな……と思いました。「イエ」を捨て、金も名誉も関係ない自分を愛してほしいラッチマンと、「イエ」からどうしても離れることのできないカマラ。男と女の不均衡。菊田一夫はそこでミソジニーを過去に爆発させたのでしょうが(時代も時代ですし、菊田一夫がおそらくそうなった原因の過去のエピソードも不憫ではあるのですが……)、カマラが不憫で。これが令和のダル・レークなのかなあと。


月城かなとさんはほんと王道な男役ルックスですが、お芝居の解像度が高くて現代的。海乃美月さんは一気に綺麗になった気が。もともときれいなお姉さん系娘役さんなのですが、フィナーレのパーカッションだけで踊るシーンなどかっこよくて素敵だった!改めて谷貴矢推せる~~~~月組推せる~~~~~~~~となりました。あと菊田一夫は今生きてたら絶対姫騎士「くっ…殺せ…!」みたいな同人誌描いて壁サーになってたと思う。


宙組:ホテルスヴィッツラハウス

 

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ポスターが最高!まかキキにスーツ!見るしかない!チェイス・ザ・トゥルーーーーース!!!!!!植田景子先生の美意識は本当に推せますね。エレガントだぜ。(脚本はそこまで好みではないのですが。前述の月城/海乃コンビでやったThe last partyとか最後が本当に蛇足であれがなければむちゃくちゃいいのに……と何度も歯ぎしりしてしまう)景子先生がハンブルク・バレエ好きなのは自伝に書かれていたので存じ上げてましたが、ジョン・ノイマイヤー同様ニジンスキー/バレエ・リュスへの愛があふれてるところも見ててホクホクしました。バレエ・リュス展でみたポスターなどがセットにあってにっこり。芳賀直子さんが監修されていたらしい。なんでニジンスキーの演出原田先生だったんだろう。絶対に景子先生ハンカチ噛んでると思う。

 

お話としてはベタな芸術賛歌なのですが。この時期に(そして千秋楽無観客配信だった)やるとますます植田景子の「劇場開かせろ文化芸術の灯を絶やすなムカ着火ファイヤーーーーー」を感じました。カテコの虚空に響く拍手がつらかった。そしてビリヤードタンゴ(話の本筋には全く関係ないがビリヤードでタンゴする)を発明した景子はえらい。あと例のラブシーンがハーレクインっぽいのは景子の趣味なのか。チェイス・ザ・トゥルーーーーース!!!!!!


宙組:夢千鳥

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一幕観た後鳥肌が立った。栗田優香先生、何者…?デビュー作でここまでくいこんだテーマをやるとは。ぞっとしてしまった。演出家のオタクなので、若手の女性演出家のデビュー作で大正モダン!!!!と事前情報の段階で楽しみにしていたのですが予想のウン倍も上をいく作品が来てびっくりしてしまった。
昭和初期、ベルリンで賞を取ったり女優と浮名を流したりしてる映画監督白澤が、夢二の映画を撮るという話。白澤と夢二を主演の和希そらが一人二役で演じます。作劇がメタ構造になってるのですが、分かりやすく非常にスムーズ。クズDV依存体質(なのに、魅力的!)竹久夢二と彼を愛し愛された女たちの話が展開していきます。

 

「女性を客体化するロマンと暴力性」(よりによって宝塚で)ここまで切り込んだ作品はないなと思った。この作家は確実にジェンダーの問題意識をもって宝塚で作劇している。けれどもお説教臭くなく、ちゃんとエンタメに見せている。宝塚での「女」や「愛」の描き方が広がる予感を(そして「宝塚」の表現形式の懐の広さを)感じた傑作。主演の和希そらはマジでうまい。アナスタシアでは超かわいいお姫様だった天彩峰里ちゃんがすげーー凄みのある美女でびっくり。推せる。とにかくすごかった。これはじっくり記事書きます。途中までしか上演できなかったので東上再演してほしい。そらちゃん雪組行く前にやりません??????


月組:桜嵐記/Dream chaser

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ムラ宝塚大劇場で観劇しました。人生初のムラ。花道ちかくの席で、スカステでは見れない花道で入る/はける表情までオペラでガン見できて超楽しかった。銀橋と花道を考えた人は天才だと思う。弾丸遠征だったのですが大劇場を見てると宝塚って関西の劇団だな~~~~~と感じるポイントが多く面白かった。ちなみに着弾即某先生をお見かけしたの最高の洗礼でした。


詳しい感想は観劇後にべったーに書いたのでそちらで。上田久美子はノブレス・オブリージュが好きだなぁと。トップスター、珠城りょうにノブレス・オブリージュを見ているのかもしれない。戦闘シーンはかっこいい!としんどい…が襲ってきました。うるっときたのですが、方々からすすり泣く声が聞こえ、上田久美子催涙伝説って本当なんだな…と。

上田久美子はベタで王道な話を作るのが本当にうまい。エンタメ力が高く、心を動かし納得させる力が半端ないので、この人がリーフェンシュタールみたいな道に行かなくてよかった……と思う。けどこの作品の「ノブレス・オブリージュ」は結構スレスレのラインかもしれん。あと生観劇して気づいたのは、舞台装置の転換に一切の無駄がない。前々から同様の評判聞いてはいましたが、上田久美子すげーーーーと思いました。そして日本物の演出、血沸き肉踊るな!とも。そりゃ日本ものやらせろ今年こそになっちゃうね!!!!


ドリチェは王道なショー。お衣装は個人的にはnot for meなのですが後半ストレートに王道で「宝塚のショーを見た!!!!!」満足感が高かった。あいるびーばっくのイケちらかした月城さんみて興奮したあまり無意識のうちに身を乗り出しお姉さんが飛んできたので(この場を借りてお詫びします、ごめんなさい…そしてジェスチャーで教えてくれたお隣の方ありがとうございます)これから見る人は気を付けてね。背中は席の背もたれに。約束だぞ。

 

雪組:ほんものの魔法使

 

もしかして、私……

キムシン!!!!!!!好き!!!!!!!!!!!!!!

 

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説明しよう。キムシンとは演出家・木村信司の愛称である。中堅演出家の一人であるが、彼の作風は一言でいうと「クセが強い」(逆にクセが強くない演出家の方が宝塚ではまれな気がしますが)。彼の代名詞は「キムシンソング」と呼ばれるそのトンチキな歌詞である。ひたすら単純でドストレート、語彙力が低いと評される歌詞は好き嫌いが分かれるが妙な中毒性がある。そしてこれは憶測だが、キムシンはウケを狙って書いているのではなさそうなのだ。多分至って大真面目に書いている。代表的なのが「アイーダ」を原作とした演目、「王家に捧ぐ歌文化庁芸術祭、優秀賞受賞作)」の「スゴツヨ」だ!!!!!!!!宝塚屈指の電波ソング

 

 


このばかばかしいほどのドストレートさと仰々しさ(ちなみに舞台装置も馬鹿でかかったりして仰々しい)。しかし彼の作品はただばかばかしいだけではない。まっすぐなメッセージ性があるのだ(まっすぐすぎて逆に分からなくなるのはご愛敬)。愛の尊さ、拝金主義への批判、人間存在への絶望と信頼。インタビューを拝読してるとこのひと大真面目なロマンチストなんだな……といった印象を受ける。
そんな噂の木村信司作品をはじめてみました。ポール・ギャリコを選ぶのが絶妙にこの世代の文学青年ね~~~って感じがしますフィッツジェラルドやチャペックも舞台化してます。外部だと村上龍の「コインロッカーベイビーズ」も)。噂のキムシン舞台装置は確かに独特のセンス。お衣装が超かわいい。地上波に出るたび「あのイケメン誰????」と話題をかっさらうことに定評のある朝美絢さんがまっすぐで裏表がない「ほんものの魔法使」をうそのないかたちにしていた。配役発表時に「しゃべる犬!?!?!?」と話題になってたモプシー(縣千さん。ちなみに次は海坊主をやるはかわいい!!!!口が悪くて愛嬌がある様子が素敵。野々花ひまりちゃんはジュブナイルものヒロインがぴったり似合ってた。


ファンタジー、うすら寒くならないように夢とリアルのバランスがすごくむずかしいのかな……と思うのですが絶妙でした。楽しくてちょっと切ないジュブナイルファンタジーミュージカル。でもそこはキムシン、ちょっと皮肉と毒があって大人向けの寓話でした。この人差別や不平等や不正義にものすごく怒っているんだろうなぁ……。舞台のマジェイアは女の子は魔術師になれない、助手どまりというルールがある街で、ヒロインのジェインは魔術師を目指しているけどお父さんにはつねられお兄さんにはいじめられ……と不憫で自己肯定感が激低な女の子です。ジェインの「わたし、家族にはかわいくないって言われるし、自分には価値がないんだわ」といった内容のセリフに対して、アダムがエンパワメントするセリフがあるのですがそれがいいセリフで。宝塚という美しさや人気のウェイトがとても重い世界で、ありとあらゆる女の子を勇気づけるセリフを入れるキムシンの倫理観マジ推せるな~~~~~~と思いました。こういうおじさんがいるのは嬉しい。


今後の予定

生田くんの性癖マシマシホームズが見たいです。星組さんも好きなので(あと大野日本ものやらせろ今年こそ拓史先生が気になるので)柳生見たいです。あと谷貴矢先生の大劇場デビュー@花組は絶対に見たいです(オタクが絶対好きなやつ。尺足りなくなってもヴィジュアルで優勝できるやつ)。個人的には若手の先生がはっちゃけた別箱公演(宝塚バウホール梅田芸術劇場赤坂ACTシアター等、大劇場ではない箱で少人数でやる公園)を見るのが好きなので、古典の再演もうれしいけど(コロナでしんどいかもですが)ガンガンやってほしいです。指田珠子先生の次回作お願いします。石田先生は風間柚乃さんが胡散臭いIT長者を演じる作品を作ってください。コロナで大変でしょうが、宝塚歌劇団さんは資本を吸い上げて資本でぶんなぐってください。おねがいします!

降神のなのるなもないを聞いてくれ

 なのるなもないというラッパーが好きだ。いてもたってもいられなくなるほど。なのに語れる人がほとんどいない。私はオタクなのでどうあがいてもオタクのテンションでしか語れない。こんなテンションで語っていいのかな、と不安になる。でも語りたくて仕方がないし、魅力を共有したくてたまらない。この気持ちは言葉にぶつけるしかない。これは推し語りにして布教だ。そしてかれの曲を聞く人がひとりでも増えてくれたらうれしい。


 こんなテンションで語っていいのか、と書いたのには(単なる卑屈なオタクの自意識以外にも)理由があって、かれの出てきたシーンによる。いまやFSDやCreepy Nutsの活躍、著名ラッパーのヒプマイの曲提供のおかげで(?)ラッパーを推しとして語ることはそこまで珍しくはなくなった。けれども私がためらった理由は、彼がアンダーグラウンドなシーンで注目を浴び、かれがメンバーである降神(おりがみ)は鬼気迫るステージングや痛烈な社会風刺、狂気をはらんだ世界観が支持されてきたからだ。そんな出自の人を「ここがむっちゃ推せるんですよ!」と語っていいんだろうか、と思う。けれども「アブストラクトなトラックの上で広げられる痛烈な社会批判と演劇的ともいえるパフォーマンスはシーンの中でも衝撃を与えた」なんて書き方は私のツボを表しているとは言いがたい。語り方に正解はないし、「ねばならない」で縛られた推し語りは窮屈だ。あくまでもいちオタクであることを直視したうえで、書きたいと思う。


 先ほども触れたように、なのるさん(と私は呼んでいる)降神というグループの人だ。降神をやる前は地元茨城でラップしていたとか。早稲田のインカレサーであるギャラクシー*1で相方のラッパー志人(しびっと)、トラックメーカーの仲間と出会いTemple ATSというクルーを作る。流れでライブをやることになって降神が結成される。ちなみにニートtokyoに若き日のかれのエピソードがあがっている。サークルの先輩に難癖付けられても「俺はこれでいいと思ってるんですけど」と言う新入生。かわいい。

 

降神降神

 降神の1stは2003年にリリースされた(流通版は2005年)。ド名盤。日本のヒップホップ名盤ランキングにはだいたい入っている。20歳、23歳と若い二人の勢い、初期衝動がすごい。あとアンビエント寄りな独特のトラックがツボで何度も聞いた。ふたりの超絶技巧、他の人にはまねできないフロウ、志人のえげつないほどの韻。すべて衝撃で初めて聞いた時は固まった。毒々しくも幻想的なリリックは必見。とにかくかれらの世界観にやられてどっぷりはまった。2曲目の「夢幻」はトラック、リリック、二人の声。すべてが好きで大晦日には必ず聞く。

降神(おりがみ)

降神(おりがみ)

  • アーティスト:降神
  • 発売日: 2004/05/21
  • メディア: CD
 

  当時のかれらはアンダーグラウンドでカルトな人気をほこっていたとか。ゲリラライブを見た、仮面をかぶってライブをしていた、CD-Rを追い求めた……なんて話を聞くたびに後追いでファンになった私はうらやましさでハンカチを噛みたくなる。ラッパーがかれらのライブについて話すたび「もっと聞かせろ!!!!!」と叫んでいる。

 

降神『望~月を亡くした王様』


 2004年発売の2nd。トラックメーカーでもある戸田真樹画伯の絵がこわい。けど名盤。1stよりもコンセプチュアルで「生と死」がテーマ。もちろん毒々しさ、社会風刺、イルな幻想性はあるけれども、1stよりもおとなしめ。「ロックスターの悲劇」のなのるさんのバースはしょっちゅう口ずさむ。1stはワイルドでハスキーな声がすてきなのだが、もっとメロディアスで声が豊かになっている。降神時代はどこか無頼で場末の蓮っ葉な色気があって、聞くたびにどきっとする。女性になりきり歌うときの色気といったらたまらない。R-指定がラジオで「あの海」(これは志人1stソロ『Heaven's恋文』収録)をかけるたびにまぁえっちだもんなわかる~~~~~~と思っている。個人的には1st収録の「悪夢街のエルム」の方がファム・ファタル感があって好きだけど。厭世的でありつつも、どこか希望を失わないリリックが多くてとても好き。現実逃避も逃げきれば勝ちさ*2

「望」~月を亡くした王様~

「望」~月を亡くした王様~

 

  ちなみに当時のインタビューがとても良い。なのるさんがMSCを聞き興奮して仲間に電話した話は後世まで語り継ぎたい。いまでは山で木こりをし、リリックでも独自の哲学と宇宙観を炸裂させもはや仙人のような境地に行っている志人がチャラかったのがよくわかる都築響一『ヒップホップの詩人たち』でも言及しているけど)。何よりそれぞれお互いがお互いに一番影響を受けたと言い切っているのが本当によい。最近だとCD購入特典サイトで読めるMANMAN志人とDJ 440のユニット)のインタビューも、志人が当時の思い出やなのるさんへの深いリスペクトを語っていて激エモなのだがリンク張れないのがつらい。気になる人はTempleATSオンラインストアでポチれば見れる……かもしれない。志人が宛名書いてくれるよ。

 

『melhentrips』


 2005年7月7日発売のソロ1st。こちらも戸田画伯の絵がちょっとこわい。タイトル通りメルヘンにトんでいる。毒々しさは薄れ、モラトリアム的浮遊感が漂う。フィッシュマンズを連想させるというツイートを見たけど、たしかに日常の中の退屈と空想と戯れるようなイメージは近いかもしれない(1曲目からして「月曜日の夢追い人」)。淡い水彩のようなイメージがある。最後に「帰り道」という降神屈指の名曲があるためみんな帰り道の話をする。その気持ちはわかる。でもほかの曲もいいので聞いてほしい。なのるさんの十八番(だとわたしが思っている)不思議と頭から離れないフレーズ、歌うようなフロウや色っぽさに磨きがかかっている。「僕の知る自由」から帰り道の流れは何度聞いてもいい。スルメアルバム。 

メルヘントリップス

メルヘントリップス

 

 

 でも「帰り道」の動画を見て欲しいので貼る。二人が隣に立っているときの多幸感はすごい。「ねぇねぇ痩せた私?」でなのるさんを見つめる志人のはじけるような笑顔(3:25ごろ)でこちらまで破顔してしまう。

 

youtu.be

 

 ソロ1st以降はフィーチャリング曲をやったり降神でライブをやったりしつつも2ndまでは8年の歳月を待つことなる。長い。その間志人はライフスタイルの変化に伴い(木こりになった)作風をがらっと変える。高い声音は息をひそめお経のように低い声に。さらにジャズピアニストのスガダイローとのデュオ、アメリカのMC、カナダのトラックメーカーとのユニットTriune Gods笑顔でナタをもつMVは必見!)などいろんなプロジェクトをやり多作になる。ロハスな世界観のため好き嫌いはわかれるかもしれない。分岐点ともいえるアルバム『発酵人間』は名盤。ヒップホップ外のメディアにもちょくちょく出るようになる。そこでもなのるさんのことを一番好きな詩人と言ってるのがエモい(26分頃)

 

www.youtube.com

 

 なのるさんのフィーチャリング曲だとトラックメーカーSIR COREのアルバムに収録された「The Last Leaf」は陰鬱な雰囲気がただようけれどもとても好き。荒廃した街を描くなのるさんの声と詞が締めにふさわしい一曲。一方SUIKAtotoさんとの「星の航海術」は柔らかで優しい声。「空が瞬き~」以降の声がほんとにいい。このころから息と声のあいだのグラデーションがすごく広くなる。この二つはサブスクでも聞けます。

 

 

 『アカシャの唇』


 2013年発売のソロ2nd。生活に寄り添うド名盤。初めて聞いた時、声がすごく柔らかく、深くなっていて驚いた。ほぼ歌といっていいラップ。ポップで聞きやすいアルバムだと思う。日々を慈しむような、言祝ぐようなリリックが多くしみる。

 

アカシャの唇

アカシャの唇

 

 

  ele-kingの二木信によるインタビュー記事がとても良い。「飽くなき魅惑のデイドリーマー」これ以上なのるさんをうまく形容した言葉があるだろうかと思う。読んでいるとこのアルバムが、年を重ねた彼の成熟したBボーイイズムに溢れている、ヒップホップというのはもっと広がりのある音楽なのだと気づかせられる。

 

www.ele-king.net

 

 とくに「ことばにジェット・エンジンを装備させて、宇宙の彼方に飛ばすような凄まじいフロウ」「ことばと音のめくるめくトリップ」を繰り広げる「宙の詩」は何度聞いても遠い世界に飛ばされるような気持ちになる。怒りや物狂おしさを降神とはまた別の幻想的な世界観に昇華した「赤い月の夜」は必聴。かれのパーソナルな部分が色濃く出でいる一曲だと思う。

 

 そしてシミズタカハルさん作の「冒険のススメ」のMVがとても良い。本の形になっているCDもシミズさんの装幀が素敵なのでぜひフィジカルでお買い求めください。さらにフィーチャリングで参加されているtaoさんの書いた記事が全人類必見。ふたりの出会いがエモいしこの記事よりもなのるさんの魅力を的確に言い表していると思う。

 

youtu.be

 

例えばさ、自分の子供が、一緒に布団の中にいる時なんかにふと「人は死んでしまう」ってことに気づいてしまった時。何て言う? 人はその時どうなるのか、どう対処するのかなんてこと……全人類が分からないんだよね。でもやっぱりそういう、自分が曖昧にしてきた難問に絶対ぶち当たるから。それに何て答えようかなって考えたことをこの曲に詰め込んだ気がする。

wenodのインタビューより「冒険のススメ」について。子供にあてた歌というのが泣けてしまう。

 

 

2021.4.24追記:サブスク解禁されました! 気に入ったらアートワークがうつくしい盤でもぜひ。

 

 そして2015年を最後に活動が途絶える。2018年ごろにかれにはまったわたしは、まったく音沙汰がなく呆然とした。もうこの人が歌っている姿は見れないんだろうか、新しい曲は聞けないんだろうか。志人のライブを見てその凄まじさに圧倒された(まさか虚無僧のような格好でライブするとは思わなんだ)。そんな折『美術手帖』志人インタビューに、降神の制作を再開していて、相方のなのるなもないと連絡を取っている」という旨の一文が。当時はプライベートがつらかったのもあり、この一文をよすがに生きていた。

 

 twitterで「好きラッパーさま、3年間音沙汰がない」といつものようにつぶやいていた年末。なのるさんがあるライブのシークレットゲストに出たと聞き小躍りした後あまりの見たさに狂いそうになった。そして2019年2月、夢にまでみたその人を生で見ることになる。ele-kingのインタビューから天邪鬼なひとなのかな、と思っていたけれども、子犬みたいにくしゃっと笑うひとで驚いた。でもマイクを握った瞬間空気が変わり、周りの空気を彼の世界観で染め上げていく。声の幅の広さ、マイクコントロールのうまさ、そして身体じゅうが詞であるといっても過言ではない表現力。鋭い目と手の動き、緩急自在のフロウで遠い世界に飛ばされたように思えた。下の動画はギターの岡本学志さんとやったパート。ほんとうに淡くて水彩のような世界観。この日のライブ盤CD-Rは何度も聞く。

 

youtu.be

 

 今年は新曲をサブスクで配信されました。totoさん、山崎円城さん(かれとのライブもほんとうにヒリヒリするセッションでよかった…!)との曲「2048」は色っぽくワイルドなフロウが素敵。「せせら」は『アカシャの唇』系統のやわらかい曲で癒されます。ちなみにある時感想をお伝えしたら「前もいらしてましたよね」と柔らかい笑顔で言われてオタクは昇天した。とても素敵な方です。ありがとうございました。

 

 

 かつて降神を聞いていた人も、まったく興味がなかった方も。いまのなのるさんを見て聴いてほしいなぁと思う。コロナでライブがないのが歯がゆいけれど、芳醇な声と、動きで詩の世界を立体化し異世界へ連れていくパフォーマンスをぜひ見て欲しいなと願う。そして豊かで柔らかい声から心にひっかかる一節を見つけてくれたらうれしい。私にとって彼の詞は悩める時の羅針盤なのだ。完璧じゃなくても笑っていたいならやってみな*3

*1:ライムスターやKEN THE 390、ジェーン・スーやamebreakの伊藤雄介なども輩出している。

*2:「music is my diary」より。

*3:「宙の詩」より。