404 state

呼び起こす会話 音楽やアート

降神のなのるなもないを聞いてくれ

 なのるなもないというラッパーが好きだ。いてもたってもいられなくなるほど。なのに語れる人がほとんどいない。私はオタクなのでどうあがいてもオタクのテンションでしか語れない。こんなテンションで語っていいのかな、と不安になる。でも語りたくて仕方がないし、魅力を共有したくてたまらない。この気持ちは言葉にぶつけるしかない。これは推し語りにして布教だ。そしてかれの曲を聞く人がひとりでも増えてくれたらうれしい。


 こんなテンションで語っていいのか、と書いたのには(単なる卑屈なオタクの自意識以外にも)理由があって、かれの出てきたシーンによる。いまやFSDやCreepy Nutsの活躍、著名ラッパーのヒプマイの曲提供のおかげで(?)ラッパーを推しとして語ることはそこまで珍しくはなくなった。けれども私がためらった理由は、彼がアンダーグラウンドなシーンで注目を浴び、かれがメンバーである降神(おりがみ)は鬼気迫るステージングや痛烈な社会風刺、狂気をはらんだ世界観が支持されてきたからだ。そんな出自の人を「ここがむっちゃ推せるんですよ!」と語っていいんだろうか、と思う。けれども「アブストラクトなトラックの上で広げられる痛烈な社会批判と演劇的ともいえるパフォーマンスはシーンの中でも衝撃を与えた」なんて書き方は私のツボを表しているとは言いがたい。語り方に正解はないし、「ねばならない」で縛られた推し語りは窮屈だ。あくまでもいちオタクであることを直視したうえで、書きたいと思う。


 先ほども触れたように、なのるさん(と私は呼んでいる)降神というグループの人だ。降神をやる前は地元茨城でラップしていたとか。早稲田のインカレサーであるギャラクシー*1で相方のラッパー志人(しびっと)、トラックメーカーの仲間と出会いTemple ATSというクルーを作る。流れでライブをやることになって降神が結成される。ちなみにニートtokyoに若き日のかれのエピソードがあがっている。サークルの先輩に難癖付けられても「俺はこれでいいと思ってるんですけど」と言う新入生。かわいい。

 

降神降神

 降神の1stは2003年にリリースされた(流通版は2005年)。ド名盤。日本のヒップホップ名盤ランキングにはだいたい入っている。20歳、23歳と若い二人の勢い、初期衝動がすごい。あとアンビエント寄りな独特のトラックがツボで何度も聞いた。ふたりの超絶技巧、他の人にはまねできないフロウ、志人のえげつないほどの韻。すべて衝撃で初めて聞いた時は固まった。毒々しくも幻想的なリリックは必見。とにかくかれらの世界観にやられてどっぷりはまった。2曲目の「夢幻」はトラック、リリック、二人の声。すべてが好きで大晦日には必ず聞く。

降神(おりがみ)

降神(おりがみ)

  • アーティスト:降神
  • 発売日: 2004/05/21
  • メディア: CD
 

  当時のかれらはアンダーグラウンドでカルトな人気をほこっていたとか。ゲリラライブを見た、仮面をかぶってライブをしていた、CD-Rを追い求めた……なんて話を聞くたびに後追いでファンになった私はうらやましさでハンカチを噛みたくなる。ラッパーがかれらのライブについて話すたび「もっと聞かせろ!!!!!」と叫んでいる。

 

降神『望~月を亡くした王様』


 2004年発売の2nd。トラックメーカーでもある戸田真樹画伯の絵がこわい。けど名盤。1stよりもコンセプチュアルで「生と死」がテーマ。もちろん毒々しさ、社会風刺、イルな幻想性はあるけれども、1stよりもおとなしめ。「ロックスターの悲劇」のなのるさんのバースはしょっちゅう口ずさむ。1stはワイルドでハスキーな声がすてきなのだが、もっとメロディアスで声が豊かになっている。降神時代はどこか無頼で場末の蓮っ葉な色気があって、聞くたびにどきっとする。女性になりきり歌うときの色気といったらたまらない。R-指定がラジオで「あの海」(これは志人1stソロ『Heaven's恋文』収録)をかけるたびにまぁえっちだもんなわかる~~~~~~と思っている。個人的には1st収録の「悪夢街のエルム」の方がファム・ファタル感があって好きだけど。厭世的でありつつも、どこか希望を失わないリリックが多くてとても好き。現実逃避も逃げきれば勝ちさ*2

「望」~月を亡くした王様~

「望」~月を亡くした王様~

 

  ちなみに当時のインタビューがとても良い。なのるさんがMSCを聞き興奮して仲間に電話した話は後世まで語り継ぎたい。いまでは山で木こりをし、リリックでも独自の哲学と宇宙観を炸裂させもはや仙人のような境地に行っている志人がチャラかったのがよくわかる都築響一『ヒップホップの詩人たち』でも言及しているけど)。何よりそれぞれお互いがお互いに一番影響を受けたと言い切っているのが本当によい。最近だとCD購入特典サイトで読めるMANMAN志人とDJ 440のユニット)のインタビューも、志人が当時の思い出やなのるさんへの深いリスペクトを語っていて激エモなのだがリンク張れないのがつらい。気になる人はTempleATSオンラインストアでポチれば見れる……かもしれない。志人が宛名書いてくれるよ。

 

『melhentrips』


 2005年7月7日発売のソロ1st。こちらも戸田画伯の絵がちょっとこわい。タイトル通りメルヘンにトんでいる。毒々しさは薄れ、モラトリアム的浮遊感が漂う。フィッシュマンズを連想させるというツイートを見たけど、たしかに日常の中の退屈と空想と戯れるようなイメージは近いかもしれない(1曲目からして「月曜日の夢追い人」)。淡い水彩のようなイメージがある。最後に「帰り道」という降神屈指の名曲があるためみんな帰り道の話をする。その気持ちはわかる。でもほかの曲もいいので聞いてほしい。なのるさんの十八番(だとわたしが思っている)不思議と頭から離れないフレーズ、歌うようなフロウや色っぽさに磨きがかかっている。「僕の知る自由」から帰り道の流れは何度聞いてもいい。スルメアルバム。 

メルヘントリップス

メルヘントリップス

 

 

 でも「帰り道」の動画を見て欲しいので貼る。二人が隣に立っているときの多幸感はすごい。「ねぇねぇ痩せた私?」でなのるさんを見つめる志人のはじけるような笑顔(3:25ごろ)でこちらまで破顔してしまう。

 

youtu.be

 

 ソロ1st以降はフィーチャリング曲をやったり降神でライブをやったりしつつも2ndまでは8年の歳月を待つことなる。長い。その間志人はライフスタイルの変化に伴い(木こりになった)作風をがらっと変える。高い声音は息をひそめお経のように低い声に。さらにジャズピアニストのスガダイローとのデュオ、アメリカのMC、カナダのトラックメーカーとのユニットTriune Gods笑顔でナタをもつMVは必見!)などいろんなプロジェクトをやり多作になる。ロハスな世界観のため好き嫌いはわかれるかもしれない。分岐点ともいえるアルバム『発酵人間』は名盤。ヒップホップ外のメディアにもちょくちょく出るようになる。そこでもなのるさんのことを一番好きな詩人と言ってるのがエモい(26分頃)

 

www.youtube.com

 

 なのるさんのフィーチャリング曲だとトラックメーカーSIR COREのアルバムに収録された「The Last Leaf」は陰鬱な雰囲気がただようけれどもとても好き。荒廃した街を描くなのるさんの声と詞が締めにふさわしい一曲。一方SUIKAtotoさんとの「星の航海術」は柔らかで優しい声。「空が瞬き~」以降の声がほんとにいい。このころから息と声のあいだのグラデーションがすごく広くなる。この二つはサブスクでも聞けます。

 

 

 『アカシャの唇』


 2013年発売のソロ2nd。生活に寄り添うド名盤。初めて聞いた時、声がすごく柔らかく、深くなっていて驚いた。ほぼ歌といっていいラップ。ポップで聞きやすいアルバムだと思う。日々を慈しむような、言祝ぐようなリリックが多くしみる。

 

アカシャの唇

アカシャの唇

 

 

  ele-kingの二木信によるインタビュー記事がとても良い。「飽くなき魅惑のデイドリーマー」これ以上なのるさんをうまく形容した言葉があるだろうかと思う。読んでいるとこのアルバムが、年を重ねた彼の成熟したBボーイイズムに溢れている、ヒップホップというのはもっと広がりのある音楽なのだと気づかせられる。

 

www.ele-king.net

 

 とくに「ことばにジェット・エンジンを装備させて、宇宙の彼方に飛ばすような凄まじいフロウ」「ことばと音のめくるめくトリップ」を繰り広げる「宙の詩」は何度聞いても遠い世界に飛ばされるような気持ちになる。怒りや物狂おしさを降神とはまた別の幻想的な世界観に昇華した「赤い月の夜」は必聴。かれのパーソナルな部分が色濃く出でいる一曲だと思う。

 

 そしてシミズタカハルさん作の「冒険のススメ」のMVがとても良い。本の形になっているCDもシミズさんの装幀が素敵なのでぜひフィジカルでお買い求めください。さらにフィーチャリングで参加されているtaoさんの書いた記事が全人類必見。ふたりの出会いがエモいしこの記事よりもなのるさんの魅力を的確に言い表していると思う。

 

youtu.be

 

例えばさ、自分の子供が、一緒に布団の中にいる時なんかにふと「人は死んでしまう」ってことに気づいてしまった時。何て言う? 人はその時どうなるのか、どう対処するのかなんてこと……全人類が分からないんだよね。でもやっぱりそういう、自分が曖昧にしてきた難問に絶対ぶち当たるから。それに何て答えようかなって考えたことをこの曲に詰め込んだ気がする。

wenodのインタビューより「冒険のススメ」について。子供にあてた歌というのが泣けてしまう。

 

 

2021.4.24追記:サブスク解禁されました! 気に入ったらアートワークがうつくしい盤でもぜひ。

 

 そして2015年を最後に活動が途絶える。2018年ごろにかれにはまったわたしは、まったく音沙汰がなく呆然とした。もうこの人が歌っている姿は見れないんだろうか、新しい曲は聞けないんだろうか。志人のライブを見てその凄まじさに圧倒された(まさか虚無僧のような格好でライブするとは思わなんだ)。そんな折『美術手帖』志人インタビューに、降神の制作を再開していて、相方のなのるなもないと連絡を取っている」という旨の一文が。当時はプライベートがつらかったのもあり、この一文をよすがに生きていた。

 

 twitterで「好きラッパーさま、3年間音沙汰がない」といつものようにつぶやいていた年末。なのるさんがあるライブのシークレットゲストに出たと聞き小躍りした後あまりの見たさに狂いそうになった。そして2019年2月、夢にまでみたその人を生で見ることになる。ele-kingのインタビューから天邪鬼なひとなのかな、と思っていたけれども、子犬みたいにくしゃっと笑うひとで驚いた。でもマイクを握った瞬間空気が変わり、周りの空気を彼の世界観で染め上げていく。声の幅の広さ、マイクコントロールのうまさ、そして身体じゅうが詞であるといっても過言ではない表現力。鋭い目と手の動き、緩急自在のフロウで遠い世界に飛ばされたように思えた。下の動画はギターの岡本学志さんとやったパート。ほんとうに淡くて水彩のような世界観。この日のライブ盤CD-Rは何度も聞く。

 

youtu.be

 

 今年は新曲をサブスクで配信されました。totoさん、山崎円城さん(かれとのライブもほんとうにヒリヒリするセッションでよかった…!)との曲「2048」は色っぽくワイルドなフロウが素敵。「せせら」は『アカシャの唇』系統のやわらかい曲で癒されます。ちなみにある時感想をお伝えしたら「前もいらしてましたよね」と柔らかい笑顔で言われてオタクは昇天した。とても素敵な方です。ありがとうございました。

 

 

 かつて降神を聞いていた人も、まったく興味がなかった方も。いまのなのるさんを見て聴いてほしいなぁと思う。コロナでライブがないのが歯がゆいけれど、芳醇な声と、動きで詩の世界を立体化し異世界へ連れていくパフォーマンスをぜひ見て欲しいなと願う。そして豊かで柔らかい声から心にひっかかる一節を見つけてくれたらうれしい。私にとって彼の詞は悩める時の羅針盤なのだ。完璧じゃなくても笑っていたいならやってみな*3

*1:ライムスターやKEN THE 390、ジェーン・スーやamebreakの伊藤雄介なども輩出している。

*2:「music is my diary」より。

*3:「宙の詩」より。