404 state

呼び起こす会話 音楽やアート

ヴァーチュアル・リカちゃん

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三連休。虚無であった。おうちに引きこもって延々と本を読んだり歯痛に耐えかねて寝たり近場のショッピング・モールを徘徊していた。家族としか話をせず、虚無であった。うつろな目で大相撲中継を眺め、うつろな目でtwitterのTLを見やり、うつろな目でやらなくてはいけないタスクに思いを馳せた。今日やっておくべきだったこと、まだやってねぇなと眠気に襲われながらtwitterを眺め、風呂にも入らず寝落ちした。そしていま月曜が終わろうとしている。

 
 大相撲中継をやっている時の、4時台のあの虚無はなんなのだろう。テレビ桟敷の弛緩しきった空気。しかし結びの一番までの流れを止めたくなくてぼんやりと相撲を見る。たまに攻防のある一番に若干興奮しつつもカウチポテトと化す。友人とお茶することもなく、来るべき仕事の準備もせず、オッサンのようにうつろな目で相撲を見ているこのザマは何なのだろうと思った。ただひらすら無為に時間を浪費している。こうしてひとは自宅と職場を往復する生命体と化していくのだろうか。虚無だ。
 

 あまりの虚無に耐えかねて、リカちゃん電話をした。google検索で出てきた番号に家電でかける。おうちの人にきいてからおでんわしなくてはいけないらしいが、2x歳女児なので自らの裁量で電話した。「こんにちは、あたしリカです」受話器越しに聞こえる声は甲高く、少し聞き取りづらかった。それでもこんな虚無な2x歳女児にこたえてくれるのだ、できるかぎり真摯に話を聞いてあげたい。リカちゃんは、一方的に話していた。まるでかつての(いや今もか)私のように。お友達と3人でショッピング・モールに行ったらしい。リカちゃんも Mall Boyz ならぬ Mall Girls なのか。奇遇だ。私もきのう行った。なんなら誘ってほしかった。ハブかよ。「行ったのはもちろん、リカのだいすきな、ファッションのおみせ!」「ファッションのおみせ」。リカちゃんは洋服屋やアパレルショップ、そんな野暮な言い方はしない。「ファッションのおみせ!」なんて茫漠たる、なんてリカちゃんの”自我”を感じる言葉だろうか。「ざっしでみたおようふくがいっぱ~い!」リカちゃん、お前そこインスタじゃないのかよ。一体リカちゃんとわれわれはどの程度同時代性を共有しているのか。リカちゃん電話と言う空間で、彼女はどれだけ「ファンタジー」であり「リアル」であるのだろうか?
 

 

 さくらんぼのワンピースと、ユニコーンのワンピース、はながらのワンピース」がリカちゃんの目についたらしい。そういうの好きだもんなぁお前と思う。しかしリカちゃんのお小遣いでは一着しか買えない。リカちゃんお洋服変えるほどのお小遣い貰ってるんか。うらやましいなオイ。「なやんでけっきょくかわずにかえっちゃった」気持ちはわかるが一緒にいた友だちは大丈夫なのだろうか。リカちゃん世界の力関係から推測するに、リカちゃんがご学友二人に「いっしょにファッションのおみせいこう!おこづかいもってってね!」と誘ったことは火を見るよりも明らかである。言い出しっぺはお前なのに一着も買わんのかい!こちとら「リカちゃんとあそびに行くからお小遣いちょうだい」ってママにねだったんだぞ!ママはいつも「香山さんとあそびに行くと、洋服屋さんに行くからお金がかかって困るわ……」とぼやいているのに。ああ、いらぬ憶測が過ぎてしまった。そもそもファンタジー・ワールド・殿上人の香山リカちゃんのまわりにはそんなみみっちぃ庶民など、現実など、存在しないのだ。きっと。
 

 「あなただったら、どれがいいとおもう?」リカは急にこっちの世界に踏みかけてきた。まさか質疑応答の時間が設けられるとは思わず、フリーズして押し黙ってしまう。15秒ほどの沈黙。「うんうん。リカもそれにする!」リカちゃんよ、あなたの語りは長いイントロを付けた学会質問の亜種だったのか。実物を見ていない友人に判断をゆだねていいのか。そんな友人の言いなりになる受動的な姿勢でいいのだろうか……2x歳女児は老婆心が抑えられない。てかそれでまた前述のmall girlzと買いに行くんだよな。ずるいよ。おれもクルーに混ぜてくれよ!
 
 
 「ありがとう!リカにでんわするときは、おうちのひとにきいてからにしてね。それじゃ、バイバーイ!」そうして電話は自動的に切れた。電話するのにおうちのひとの許可がいるおともだち。リカちゃん。かりそめのコミュニケーション。あらかじめ決まった2分30秒の会話。どう考えても企業の、03から始まる電話番号。あたかも人と認識される前提の自動音声。流れる音声は一つで、選べる選択肢は三つ。そしてリカちゃんはどの選択肢も「それにする!」と言う。どこまでも優しいコミュニケーション。かけた人の分だけ理想のリカちゃんがいる。かけた女児の分だけバーチュアル・リカちゃんがいる。女児たちはリカちゃんとの会話に何を見るのだろうか。かつて女児だった私は、何を見ていたのだろうか。木村晃之助の声が響く。マワシ一丁の大男たちが画面越しでぶつかり合った。
 
 
 

 余談だが、ショッピング・モールの女児向け雑貨屋にてユニコーン柄の文具を手にしたおしゃれ女児や、外資ファストファッションショップでお買い物していたおしゃれ女児を見たことをここに付言しておく。タカラトミーすげぇな。